71.皮膚に常在するウイルス(ヴァイローム)

皮膚には1兆に達する細菌やカビが常在していて、外界とのバリヤーの役割を果たしている。たとえば皮膚に常在する表皮ブドウ球菌が出す弱酸は皮脂とともに皮膚表面を弱酸に保ち、細菌の侵入を阻止している。多様な皮膚常在菌は美容や健康の維持にもかかわっているのである。一方、常在菌に加えて、皮膚には多数のウイルス集団が存在していると推定されていたが、皮膚の「暗黒物質dark matter」と言われ、その実態はまったく分かっていなかった。最近、ペンシルバニア大学の研究グループが、メタゲノム解析で見いだした皮膚常在ウイルスの一端をアメリカ微生物学会のonline誌のmBioで報告した。

研究は、健康な20代から50代までの男女16名の志願者について1ヶ月にわたって行われた。皮脂部位として後頭部、耳の後ろのひだおよび前額部(おでこ)、湿った部位として腋の下、足の指の間および臍、時折湿る部位として前腕屈折部(肘の内側)と手のひらの8箇所の皮膚の拭い液を採取し、ウイルス様粒子を精製し、2本鎖DNAウイルスのメタゲノム解析を行ったのである(ウイルスのメタゲノム解析の方法は本連載62を参照)。

2本鎖DNAウイルスの配列のほとんどは、細菌のウイルスであるファージだった。正確には、カウドウイルス目(Caudovirales)に属するもので、細菌に感染するための典型的な尾部を持ったファージである。この目には、マイオウイルス科(Myoviridae)、ポドウイルス科(Podoviridae)、シフォウイルス科(Siphoviridae)が属しているが、マイオウイルス科とシフォウイルス科のものが見つかった。しかし、90%以上はこれまで知られていないものだった。真核生物のウイルスとして、手のひらにはパピローマウイルス科のウイルスが多く見いだされた。これは皮膚のいぼや癌の原因として知られているものである。また、ポックスウイルス科のウイルスも見つかった。ウイルス種のレベルまで同定できたものでは、ブドウ球菌ファージとプロピオバクテリウム・ファージだった。代表的な皮膚常在菌である表皮ブドウ球菌とプロピオバクテリウム・アクネ(通称ニキビ菌)に感染しているものと考えられる。

ヴァイロームの内容は身体の部位によってかなり異なっており、たとえば、肘の内側のように外気にされされたり遮蔽されたりする部位に高い多様性が認められた。個人個人の間でもヴァイロームに差が認められた。また、同一人では、1ヶ月の間にヴァイロームに明らかな変化が見られた。

ファージには、感染した細菌を破壊する溶菌性ファージと、ゲノムDNA(プロファージと呼ばれる)として細菌のゲノムに組み込まれる溶原性(テンペレート:温和な)ファージの2種類がある。皮膚ヴァイロームのファージのほとんどは溶原性ファージで、それらにはβラクタマーゼ、リファンピシン、テトラサイクリン、エルファミシンなどの抗生物質に対する抵抗性を示す配列が見いだされた。また、病原性を発揮する毒性因子(virulence factor)の配列も見いだされた。これらの結果から、皮膚に常在するファージが常在菌の抗生物質耐性、毒性、病原性などに影響を与えている可能性が指摘された。皮膚常在ウイルス(ファージ)は皮膚常在菌を介して間接的に美容や健康に影響を与えていると推測される。

 

文献

Hannigan, G.D., Meisel, J.S., Tyldsley, A.S. et al.: The human skin double-stranded DNA virome: topographical and temporal diversity, genetic enrichment, and dynamic associations with the host microbiome. mBio 6(5):e01578-15. doi:10.1128/mBio.01578-15. Published online 20 October 2015.