135. 新型コロナワクチンによるハイブリッド免疫

大部分の中和抗体はスパイクタンパク質の受容体結合領域を標的とする

新型コロナウイルス感染からの回復者またはワクチン接種後の血液中では、ウイルスのスパイクタンパク質に対する抗体が中和活性を担っている。スパイクタンパク質には、受容体結合領域(RBD)、N末端領域(NTD)や細胞への融合で働く領域などがあって、それぞれの中に存在する抗原決定基(エピトープ)に対して抗体が産生されている。

ロックフェラー大学のグループは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)のエンベロープタンパク質を新型コロナウイルスのスパイクタンパク質、またはRBDだけはSARSウイルスのRBDに代えた新型コロナウイルスのスパイクタンパク質に置き換えた2種類の偽ウイルスを作成し、新型コロナウイルス感染からの回復者の血漿について、偽ウイルスに対する中和活性を調べた。その結果、本来のRBDを含む偽ウイルスに対する中和活性の方が、SARSウイルスのRBDを持つ偽ウイルスよりも高かったが、後者にも、ある程度の中和活性が見いだされた。つまり、理論的に予想されていたとおり、RBDに対する抗体が中和活性の主体を占めてはいたが、RBD以外の領域のエピトープに対する抗体にも中和活性が存在していたのである。(1)

 

実験的に作出したスーパー抵抗性変異株

彼らは、別の偽ウイルスとして、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を発現するウシ水疱性口炎ウイルス(VSV)を、回復者血漿の存在下で継代することにより、中和抗体から回避する変異ウイルスの作出を試みた。コロナウイルスには変異を修正するタンパク質があるため、偽ウイルスを用いて、変異を起こしやすくしたのである。

その結果、スパイクタンパク質の主にRBDとNTDの領域に変異が起きて、27代継代で38個の変異ウイルスが得られ、そのうち34株は血漿による中和にさまざまな程度に抵抗を示すようになっていた。とくに、20カ所に変異のあるウイルスは、ほとんどの回復者やワクチン接種後の血漿でまったく中和されなかった。ところが、感染から回復した後でワクチン接種を受けた14人の血漿だけは、この20カ所に変異のあるウイルスを中和した。これらの血漿には、おそらく、今後生まれてくるほとんどの変異ウイルスも中和する抗体が含まれていると推測される。(1)

感染から回復後にmRNAワクチン接種した際に見られるハイブリッド免疫

前述のような未感染者と回復者でワクチン接種後の中和活性に違いがあることは、ワクチン接種が始まってまもなく観察されていた。回復者では、ワクチン接種後に抗体の上昇する速度が、未感染者のワクチン接種の場合よりもはるかに急速で、しかも、ほかの変異ウイルスにも中和活性を示していたのである。この現象はハイブリッド免疫と呼ばれていた。

ハイブリッド免疫の仕組みは、パンデミックにおける大きな謎のひとつとみなされている(2)。抗体産生の仕組みを眺めてみると、まずB細胞は抗原刺激を受けて、形質細胞と記憶 B細胞に分化する。そして形質細胞が抗体を産生するのだが、形質細胞の寿命は数ヶ月と短く、それにしたがって抗体量も減少する。一方、記憶 B細胞は寿命が長く、抗原で刺激されると形質細胞に分化して抗体を産生する。ハイブリッド免疫には、この記憶 B細胞が一役果たしていると考えられている。

ロックフェラー大学のグループの研究では、感染した場合、半年の間にRBDに結合する抗体のレベルは低下しつづけ、血漿の中和抗体価でみると5分の1になっていたのに対して、RBD特異的な記憶B細胞の数は1年後でもほとんど変わらなかった。記憶B細胞は長期間にわたって、リンパ節の中で分裂している間に体細胞変異を起こしていて、そこで産生される抗体は、抗原との結合力が増加し、変異ウイルスの抗原にも結合するよう、進化している。そのため、記憶B細胞から産生される抗体ではスパイクタンパク質への結合力が増加し、さまざまな変異ウイルスとも反応するようになっていると説明されたのである。(3, 4)

ワシントン大学のグループは、脇の下のリンパ節から細い注射針でリンパ液を採取し、スパイクタンパク質に結合する記憶B細胞を集めて、それらの標的を調べた結果、ワクチンを2回接種してから12週間後には、記憶B細胞はRBDやNTDだけでなく、風邪コロナウイルスを認識するクローンまで生まれていることを報告している。そして、ワクチンだけでも、記憶B細胞の進化により、徐々に抗体の反応性が広がり、さらにブースター接種をすれば、ハイブリッド免疫の状態が生まれると推測している。(5)

文献

  1. Schmidt, F., Weisblum, Y., Rutkowska, M. et al. : High genetic barrier to SARS-CoV-2 polyclonal neutralizing antibody escape. Nature, Sept. 20, 2021. https://doi.org/10.1038/s41586-021-04005-0.
  2. Callaway, E.: COVID super-immunity: one of the pandemic’s great puzzles. Nature, 598, 393-394, 2021.
  3. Gaebler C., Wang, Z., Lorenzi, J.C.C. et al.: Evolution of antibody immunity to SARS-CoV-2. Nature, 591, 639-644, 2021.
  4. Wang, Z., Muecksch, F., Schaefer-Babajew, D. et al.: Naturally enhanced neutralizing breadth against SARS-CoV-2 one year after infection. Nature, 595, 426-431, 2021.
  5. Turner, J.S., O’Halloran, J.A., Kaladina, E. et al.: SARS-CoV-2 mRNA vaccines induce persistent human germinal centre responses. Nature, 596, 109-113, 2021.