145.英国で始まった新型コロナウイルスのヒトチャレンジ試験

本連載127「新型コロナワクチンのヒトチャレンジ試験」で紹介した新型コロナウイルスのヒトチャレンジ試験の1回目が英国で実施された。2021年2月にインペリアル・カレッジ・ロンドンがhVIVO社*と共同で行ったもので、その成績が2月1日、査読前のプレプリント・サーバーのResearch Squareに発表された(1)。翌日のネイチャー・ニュースの記事(2)などと合わせて、試験の概要をまとめてみる。

*(hVIVO社は、英国を本拠とする臨床試験受託企業のオープン・オーファンPLC社の子会社。hはヒューマン、vivoは生体を意味する。インフルエンザワクチンやマラリアワクチンでのヒトチャレンジ試験を行っている。)

接種ウイルス

18-29歳の健康な男女36名のボランティアに、英国で2020年初めに流行していた新型コロナウイルスが鼻腔内に接種された。WHO諮問委員会の指針では100感染単位(TCID50)*のウイルス量が推奨されているが、最初の試験であるため、慎重を期して接種量は、その10分の1の10 TCID50が用いられた。これは、鼻汁1滴に含まれるウイルス量にほぼ相当する。接種後、参加者は病院の高度隔離室にすくなくとも2週間隔離された。その代償も含めて6200ドルが支払われていた。退院後、12ヶ月間経過観察されることになっている。

*(TCID50: 50%の細胞培養を感染させる量)

ところで、サルでの実験では103ないし104 TCID50のウイルスが主に気管内に接種されている。サルでは新型コロナウイルスの感染力は人の場合よりはるかに低いことになる。なお、インフルエンザやRSウイルスのヒトチャレンジ試験では104-106 TCID50が接種されている。これは、多くのボランティアが過去に数回、これらのウイルスに感染して、免疫が残っているためである。

今回の試験で10 TCID50のウイルスが約50%のヒトを感染させたことは、これが最小の感染量に近いとみなされる。ついでだが、ウイルス学では感染力は最小感染量を指標として強弱を判断している。現在、一般に用いられている「感染力」は「伝播力(伝播性)」のことである。デルタ株もオミクロン株も、感染力が強いのではなく、伝播力が強いのである。

臨床経過

ボランティアのうち、2名は試験前に抗体陽性になったため、試験から外された。34名中18名(53%)が感染し、定量的PCR検査で調べた結果、ウイルス量は急速に上昇し、接種5日目にピークに達した。ウイルスは最初、喉で検出されたが、鼻でより高いレベルに上昇し、約1000万コピーに達した。鼻からは平均10日まで感染性ウイルスが分離された。

接種2―4日後に、軽度から中程度の症状が16人(89%)に出現した。これまで疫学調査から推定されていた平均5日という潜伏期より短かった。症状は、高いウイルス量に達していたにもかかわらず、一過性で主として上部気道に限られていた。嗅覚異常は、ほかの症状より遅れて現れ、治療することなく、90日以内にほとんどが回復した。

感染性ウイルスの動態

フォーカス形成試験で調べた感染性ウイルスの排出期間は鼻で平均6.5日、喉で6.25日と限られていた。接種後、感染性ウイルスの排出が見られなくなるまでの平均期間は、鼻で10.2日、喉で8.7日だった。

抗原検査による感染性ウイルスの検出

毎朝、鼻と喉からサンプルを採取し、フォーカス形成試験による感染性ウイルス量の測定と抗原検査を行い、抗原検査法の感度と特異性を調べたところ、発病初期と終わり頃では感度が限られていたが、接種4日後からは高い感度を示した。特異性は全体として高かった。抗原検査法はフォーカス形成試験の成績と強く相関するとみなされた。

今後の試験

次の試験では、ワクチン接種を受けた人をデルタ株に曝してブレークスルー感染から防御している免疫因子の解明を試みることになっている。現在の計画では重症になるリスクが非常に低いヒトで行う予定だが、今回の試験が安全に実施できた経験から、リスクのあるグループに広げる可能性もありうるという。

オックスフォード大学は4月に武漢由来のウイルスを接種して免疫反応(抗体とT細胞の産生)を調べる予定で、ボランティアを現在募集している(3)

ヒトチャレンジ試験が英国で進んでいる背景には、本連載127で紹介したように、歴史的に18世紀終わりからヒトチャレンジ試験が行われていたことがあるのかもしれない。

文献

1. Killingley, B., Mann, A., Kalinova, M. et al.: Safety, tolerability and viral kinetics during SARS-CoV-2 human challenge. Research Square, 1 February, 2020.
DOI: https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-1121993/v1

2. Scientists deliberately gave people COVID-here’s what they learnt. Nature News,
2 February, 2022.
https://www.nature.com/articles/d41586-022-00319-9

3. University of Oxford: Volunteers needed for human challenge trial to study immune response to Covid-19. 27 January, 2022.
https://www.ox.ac.uk/news/2022-01-27-volunteers-needed-human-challenge- trial-study-immune-response-covid-19