2014年8月、米国オハイオ州の工業都市トレドで、2日以上にわたって断水により50万人が飲み水の供給を絶たれた事態が起きた。ここは、カナダと米国にまたがるエリー湖を水源としているが、そこでアオコが大発生したためであった。
アオコは藍藻(シアノバクテリア)が増殖したために水面が青く見えることから呼ばれている。藍藻は微細藻類のひとつだが、動植物の細胞に見られる核が存在しないため、細菌に分類されている。藍藻はミクロシスチンと呼ばれる毒素を産生しているため、藍藻による水源の汚染は世界各国で起きている。
トレドの水道水処理では、ミクロシスチンの除去が行われている。しかし、2014年の場合、処理済みの水道水中のミクロシスチンのレベルが世界保健機関(WHO)指針の基準を超えていたため、水処理システムを清浄化して安全を確保するための対策に迫られ、断水する事態になったのである。
藍藻には細菌ウイルスのひとつ、シアノファージと呼ばれる二本鎖DNAファージが感染する。エリー湖の水について、シアノファージのウイルスDNAから転写されたメッセンジャーRNAの全体像(トランスクリプトーム)を解析した結果、シアノファージが藍藻で増殖していることが見いだされた。驚いたことに、2014年8月のアオコの際に岸辺の水では、ウイルス転写産物と藍藻の密度との相対的な割合は1:1で、岸から遠くなると、その割合は2桁低下した。同じ時期に同じ地域で採取した水について調べると、2012年には低いレベルのウイルス感染が見つかり、2013年に採取した水ではウイルスの痕跡は検出されなかった。2014年8月には、岸辺に集まったアオコで、ウイルスが活発に増殖していたのである。
この結果から、ファージによる藍藻の溶解により放出されたミクロシスチンが水道水の汚染を引き起こした可能性が示唆された。
ウイルスが環境に与える影響の一面を示したものである。
参考文献
Steffen, M.M., Davis, T.W., McKay, R.M.L.: Ecophysiological examination of the lake Erie microcystis bloom in 2014: Linkages between biology and the water supply shutdown of Toledo, OH. Environ. Sci. Tech., 2017.DOI: 10.1021/acs.est.7b00856