成長研究と実験動物 第11回

生物(生理)学的時間


今迄述べてきた成長曲線や増加量、増加率曲線は基準となる横軸に時間tをとっています。この時間はあく迄も天文学的に定められたスケールです。 天文学的な時間は「ゾウの時間ネズミの時間」(本川、1995)での指摘をまつまでもなく、それぞれの動物種にとって生理学的な意味は全く異なります。 厳密に言いますと同一種の動物でも個体によって時間のもつ意味は違っています。 幼児にとっての一日と年をとった人の一日とはそのもつ生理的意味は違うはずですし、同じ60才でも生理的に若い方もいればふけている方もおります。 成長曲線、増加量曲線など時間をものさしにしたものはその意味で絶対成長ということができます。

絶対成長的な解析では成長過程における生理学的に重要な時期を見逃すことがあります。 たとえば、ヒト女子の初潮年齢には著しい個体差があります。 かなり以前のデータですが、その個体差は10才から17才6ヵ月にわたるといいます。 天文学的な時間(年齢)を基準にしたときはこの個人差のために変動係数が11〜12才をピークにその前後で大きくなります(このことは個成長と平均成長の項ですでにふれました)。 今、見方を変えて初潮年齢を基準としてその前後に年数を横軸にとって女子の身長年増加量曲線を描いてみると、早熟な人でも晩熟な人でも初潮の前年に身長の増加が最高になることがわかります。 ただし、増加の度合いには早・晩熟によって差がみられます(清水、1957より)。 初潮時はたとえ年齢は違っていても生理的には同じと考えられますから、これを基準にとるということは生理学的な時間を基準にしたといえます。 同様な立場からの時間として、歯芽年齢や傷のなおる速度は生理的に若い個体ほど早いという点に着目した治癒係数などが考えられましたが、中でも骨年齢は多くの研究実績があって歴年齢に代り得るもので疾病の診断にも用いられ実用的です。 骨年齢は手首から先の腕骨、橈骨、尺骨、5本の掌骨および14本の指骨の骨端の有無および発達状態、さらに種子骨の有無および発達状態によって総合的に決定されます(清水、1957)。

原著に接してはいないのですが、東京都老人総合研究所におられた奥木・町田・能村らは一日の照明時間間隔を明と暗の比率が12:12(全日)、8:8(短縮2/3)、6:6(短縮1/2)および4:4(短縮1/3)という条件下でマウスを長期間飼育した実験を行なっています。 一日の長さを照明で人為的に24時間から16時間、12時間、8時間とすることによって老化を促進できるのではないかとのねらいです。 出生からずっとこれらの条件下で飼育されたマウスの行動、切歯萌出、開膣(精巣下降)などの生理学的パラメータ、成長データ、血液学的・血清生化学的データ、老化の程度などのデータがとれたならばマウスにとって天文学的時間と生理学的時間はどういう関係にあるかを類推することができるはずです。 また、成長曲線を描く場合でも横軸に24時間を一日にしたものをとるかその2/3の16時間をとるかなどによって個体の成長パターンがどう違ってくるのか、後述の相対成長式(アロメトリー式)では本当に時間tが消去されているのかなど非常に興味があります。 この実験は長期間にわたる上に深夜でも動物を観察、計測する場合が多くなり、研究者にとって体力的にも精神的にも耐え難い性格のものです。 後日、町田氏(現埼玉大学教授)にお聞きしたところ、この実験は停電事故により中止せざるを得なくなったとのことです。 非常に残念なことですが、動物にとって天文学的時間と生物(生理)学的時間の関係はどうなっているのかを明らかにするような息の長い実験が望まれます。


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