アロメトリーは、天文学的な時間tの代わりに生体の全体あるいは部分Xを基準にして他の部分の成長関係をみるものです。 したがって基準となるXを選定する際には慎重な配慮が必要です。 たとえば、体重は生体における総合的な機能のあらわれですからしばしばXとして用いられますが、反面生理的な変動が大きく、体長もいろいろな部分が結合した形質であるから同様に変動が大きいのです。 比較的早期にその成長が進んでいる頭蓋部は基準として適していますが、同じ部位のみをXとすると特定の誤差が介入するおそれがあります。 さらに重要なことに、生体ではほとんどの部分(あるいは成分)間に相関関係が存在していますから相互の関係がからみ合っていてその中の特定の二つだけの関係を明確に把握できないことです。 このように二つの部分だけを取り上げてアロメトリーを適用するには多くの問題点があります。 目的とする二つ以外の部分の関係を一定にする偏回帰あるいはX1がいくつかの部分X2、X3、………の関数であるとする重回帰の概念をアロメトリー式のαに導入することもできますが、これらはいずれもいくつかの部分間の関係を考慮していません。
因子分析法(稲垣、1969)や主成分分析による多変量アロメトリー(Teissier, 1960; Jolicoeurら、63; Mosimann, 1970; Sprent, 1972; 高井、1977)は以上の難点を解決するのに有効な手法です。
因子分析法は、観測の対象となる多変量X1、X2、………、Xpの間の相関はそれらに共通している少数個の因子によって生ずる、という観点から観測値をこれら因子の回帰関係で説明しようとするものです。 稲垣(1969)は、タイヨウフナムシの相対変異(後述します)の解析にこの方法を適用した結果、アロメトリー解析に理想的な基準量を設定できることを明らかにしました。
主成分分析は互いに相関にある多変量のもつ情報を互いに無相関な少数個の総合特性値(主成分)に要約する手法です。 多変量のもつ情報とは、たとえば10形質の場合を例にしますと、平均値と標準偏差が各10ずつ、相互の相関関係が10C2=45個となり合計65の情報のことをいいます。 これら多数の情報のもつ生物学的な意味を解釈するのは非常に難かしいことです。 主成分分析において、第1主成分PC1の算出の際に多変量に乗ずる係数(固有ベクトル)がすべて正であるときは各変量がほぼ同じ重みでPC1に寄与し、どの変量が大きくなってもPC1が大きくなることからPC1は大きさの因子size factorである、とされています。 Jolicoeur(1963)はこの変量が成長データであるときはPC1は寄与率が極めて大きくしかも成長ベクトルを表すとしました。
いま、p変量X1、X2、……、Xi、Xj、……、Xpからなる成長データ(それぞれn回の観測値からなる)があって
αji Xi=βjiX ………………………………………………………(1) j
なるアロメトリー式が成立つとします。両辺の対数をとりますと
logXi=αji・logXj+logβji ……………………………………(2)
(2)の式はp次元対数面上では直線であらわされますので
Yi=logXi とおけば本式から
Y1−Y1 Yi−Yi Yj−Yj Yp−Yp (i≠j) ─―─── =……=─────=─────=……=───── ……(3) γ1 γi γj γp
ここで、γjiは変量i軸に対する傾きを示す方向余弦すなわち固有ベクトルですから(3)式は
Y1−Y1 Yi−Yi Yj−Yj Yp−Yp ───── =……=─────=─────=……=───── ……(4) cosθ1 cosθi cosθj cosθp
(4)式は、また、真数になおせば(5)式で表わされます。
┌ ┐1/cosθ1 ┌ ┐1/cosθi ┌ ┐1/cosθj │ X1 │ │ Xi │ │ Xj │ │───│ =……= │───│ = │───│ = …… │ G1 │ │ Gi │ │ Gj │ └ ┘ └ ┘ └ ┘ ┌ ┐1/cosθp │ Xp │ ……=│───│ ……………………………………(5) │ Gp │ └ ┘ ただし、Gi(Xiの幾何平均)= Antilog(Yi)
(5)式より
Gi αji Xi=─────・X …………………………………………(6) αji Gj ただし、 αji=cosθi/cosθj …………………………………………(7)
一方、Xi、Xjはともに時間tの関数ですから(1)式の両辺をtについて微分すると
1 dXi 1 dXj ──・─── = αji・──・─── Xi dt Xj dt
となり(8)式を得ます。
1/Xj・dXj/dt αji=─────────── ……………………………………(8) 1/Xj・dXj/dt
(7)式におけるαjiと(8)式におけるそれとを対比しますとiおよびj番目の変量の各固有ベクトルはそれぞれの変量の比成長率を示し、相対成長係数αjiは各固有ベクトルの比で表わされることがわかります。
以上の関係から次のことが導き出されます。すなわち、i番目の変量がj番目の変量に対して
特殊なケースとして、生物体のすべての部分の比率がその大きさの増加に伴って一定である、と想定しますとすべての組合わせのαは単一の値となります。
これは対数共分散行列の第1主成分の方向余弦ベクトルが
(1/√p、……、1/√p、1/√p、……、1/√p)
に等しいときにのみ成立します。
したがってi番目の変量はj番目の変量に対して
となります。
具体的な計算は、まず、n組からなるデータ(Xi、Xj)の対数値をとって(Yi、Yj)とし、これに主成分分析を施して第1主成分の各変量にかかる係数(固有ベクトル)を求めますとそれらは各変量の比成長率になります。
相対成長係数αjiはj番目の変量の固有ベクトルに対するi番目のそれの比で表せることができます。
高井(1977)はヒト胎児8部位の計測値に多変量アロメトリーを適用しています。 清水ら(1988,1991)もTPCにおける乳仔期カニクイザル15部位の個成長データに多変量アロメトリーを適用した結果、この時期の仔ザルの頭部と体幹部は四肢に比べて優成長をしていることを、出生時から9歳齢の14部位の横断的データを用いたときは前胴長に対して体幹部では優成長、頭部、四肢では劣成長であることをそれぞれ明らかにしています。
これらの研究は、ヒトまたはサルの比較的短い期間での観測データに多変量アロメトリーを適用したもので、動物の生涯にわたるような長期の観測データに適用したものではありません。 長期にわたる場合には一つ以上の変移点が検出されることが多いのでこの手法を適用する前に各変量の組合せによる両対数図を必ず作成し、変移点の有無を確認する必要があります。 変移点が存在するときにはどのような多変量アロメトリーを適用するか、今後検討しなければなりません。