成長研究と実験動物 第17回

アロメトリーに関する問題点


今迄いろいろのべてきましたようにアロメトリー式は成長解析に有効な方法です。 しかし、この式は成長系の二つの部分X、Y間に成立するいわば経験式であって何故このような比較的単純な関係がXとYとの間に成立つかという根拠は不明です。 この項ではこうしたアロメトリー式の短所を取上げます。


アロメトリーの理論的根拠

成長は本質的には自己増殖的な現象ですから生体の器官・部分Xは指数関数的に増加します。 そのために、Xの変化を解析するには比成長速度

  dX  1
  ──・──
  dt  X


で行なった方が適切で図上で視察するには対数目盛の方がわかりやすいのです。 この自己増殖速度の変化は生体内で同じように影響するとしますと他の器官・部分Yの成長との間に一定の関係すなわち、

 dY  1     dX  1
 ──・── = α・──・──
 dt  Y     dt  X


が成立ち、これからアロメトリー式 Y=bXα が導き出されます。 しかし、生体には骨の成長が添加と吸収にもよるように必ずしも自己増殖的だけではない器官・部分があります。 さらに、X、Yの間に両対数図上で直線関係がみられず

 dY  1     dX  1
 ──・── = α・──・──
 dt  Y     dt  X


が成立たない例がしばしば認められます。

一方、既に理論的に導出されているLogistic曲線やGompertz曲線などからtを消去してアロメトリー式を求める方法も考えられます。 XもYも同じ理論成長曲線、たとえばLogistic曲線に従うとしますと両式からtを消去すればよいことになりますが、両式はそれぞれ値を異にしている成熟値A、成長速度に関するパラメータkおよび積分定数bという三つのパラメータが含まれていますので容易なことではありません。 藤原ら(1975)は、4近交系マウスとそれらの間の雑種F1の体重と全長の成長データに理論成長曲線をあてはめたところ体重はmono-molecularとGompertz曲線のほぼ中間型、全長はGompertzからややLogistic曲線に移行した型を示すのをみています。 このように生体の各部分はすべて一つの理論成長曲線に適合するとはいえません。 あらゆる理論成長曲線を包合するRichards曲線からtを消去する必要がありますが、この式にはもう一つのパラメータ、shape parameter m、が加わり、tの消去はさらに難しくなります。 かりに消去できたとしても、アロメトリー式成立の直接的な根拠になるとは思えません。


アロメトリー式の欠点

X、Yはそれぞれ指数関数的に増加しますから対数変換した方がバラツキが小さくなりフレの大きい生物現象の本質を把握しやすくなります。 反面、X、Yの両対数をとることによってもともと顕著な関係があった両者がぼやけた関係になってしまいます。 たとえば、x=logX、y=logY とおくとY=X2はy=2x、Y=X4はy=4xと両対数図上で変換され、XとYの間の指数関係がx、yでは等比関係になってしまいます(Sholl, 1954)。 対数変換しなくてもX、Yの間が直線関係である場合も多いので機械的にすぐ対数変換してしなくてはなりません。 まず、X、Yを普通目盛上にプロットしてみる必要があります。

動物体では、脳波、心拍、呼吸などでみられるように周期的な変動をもった生理現象が多く認められています。 同様な周期的変動は比較的長期間にわたる場合でも認められています。 乳牛における泌乳量の経日的な変動には規則的あるいは不規則的な変動が混在していますが、それに適切な時系列解析法を施すことによってこの変動にはそれぞれ20〜32日、6〜7日および2日の周期をもつ変動からなることがわかっています(Matsumoto, 1961, 63;野村ら, 1966, 67, 68)。 動物の成長にも一定のリズムがあります。Sholl(1954)はヒトにおける身長の成長の例を取り上げ、この増加量にはリズムがありそれを無視して安易に直線化することの危険性を指摘しています。 スヴェチン(1969)は、その書の中で旧ソ連におけるこの種の研究を紹介しています。 それによりますとウシおよびウサギの体重では成長パターンは波状形の曲線を示し、成長の旺盛な時期とそうでない時期が交互に出現しているとしています。 Orlovskii(1968)もウサギ2品種の成長パターンを検討した結果周期性を認め、その周期は品種内でもまた腹子内でも性による差はなかったとのべています。 本講座(10回目と思いますが)でも紹介しましたが、TPCにおけるコモンリスザルでは体重増加に関して季節的な変動が観察されていますし(吉田, 1994)、私どももマウスの1日増体量は112頭中98頭(87.5%)で周期性を示すのをみています。 このようにXあるいはYには成長のリズムがあることが考えられ、これらを無視して直線化することは成長に関する貴重な情報を見逃すことになります。 以上はアロメトリー式だけではなく理論成長曲線を適合させる場合にもいうことができます。


アロメトリーと家畜育種

家畜において、Xに体重、Yに屠体重あるいは精肉量をとれば、Y/Xは屠肉歩留りあるいは精肉率となります。 肉用家畜ではこれらの比率を高くするよう改良する必要がありますが、XあるいはYをそれぞれ単独に選抜したのではY/Xを高めることになりません。 ショウジョウバエのことですが、長いハネ、長い胸、短いハネ、短い胸の4方向にそれぞれ何代も選抜してもハネの長さと胸の長さの比率はほとんど変らないことをアロメトリー式で検討した古い報告(Reeve, 1954)があります。 これに対して同じショウジョウバエでハネの長さ/胸の長さの比率を高低2方向に何代も選抜したところ体のプロポーションが変化したという研究(Robertson, 1962)があります。

元来、体重や肉量などは遺伝的要因と環境的要因の両方によって支配される量的形質ですから、これらの測定値X、Yから求めた相対成長係数αの値は表型価となります。 遺伝・育種にアロメトリー式を適用するには類縁関係(親子、全兄妹、半兄妹など)の判明している多くの個体のX、Yをもとにして遺伝相対成長係数αGを推定しなければなりません。

その他、アロメトリー式適用の判定、優、等、劣成長〜の分類、二つ以上のαの差の検定、変移点の検出など従来欠けていたこの分野への統計学的手法の導入はかなり以前より行われてきました。 そのなかで、とくに多変量アロメトリーは今後大いに活用すべき手法だと思います。


[Previous][Index][Next]