大都会の駅の近くでヒトの流れをみていると、 たとえば早朝は殆んどの人が左の方向に向かっていますが、 もう少し遅い時間帯では右の方向に沢山の人が歩いて行きます。 昼間帯は真直の方向に向かう人が多いとします。 高い所からみると左方向には工場が沢山あり、 右方向にはオフィスが中央方向には商店街があるということが分かります。 各時間帯における流れの方向が違うのは工場や商店街などの配置など街の構造によるものでした。 交差点における信号の待ち時間を操作して交通緩和を図るために人の動きを調査する場合、 このように調査する時間帯によって人の流れの方向や密度、 速度などがそれぞれ異なっていますので、 ただ小数時点での観察だけでは正確な結果とそれに基づく適切な対応策が取れません。 また、街の構造を把握しないと流れの方向が何に起因するかを明らかにすることができません。
細かいところは忘れてしまいましたが、 以上は吉良竜夫氏がもう10年以上前に新聞紙上で生態学研究の際の基本的な視点をたとえ話で説明した内容です。 たとえ話は複雑で専門的な事象を分かり易く単純化してありますから、 兎角、一面の真理を一方的に強調する嫌いがありますが、 この場合は少なくとも動物の成長を研究していた私にとって極めて示唆に富んだものになりました。 当時からバイオテクノロジーの進展は著るしく、 マスコミを含め大方の興味は専らDNAレベルにあり、 遺伝子のことはよく分かっていても遺伝は全く分からないという若い研究者や学生が多くなっていました。 吉良氏のたとえ話でいえば、左、右、真中それぞれの人の年齢層、性別、 服装など細かい所の調査に若い方々の関心が向いていたということです。 生態学における重要な内容のひとつとして生物集団の構造と機能を明らかにすることがありますが、 その目的を果たすためには上述のたとえ話でいえば高い所から全体的に、 しかも時間を追って観察し考察する必要があります。 人の流れに入って個々をつぶさに観察したデータはこのような視点の下でこそ十分に活用されます。
成長現象には様々な要因が関与しています。 大別すると遺伝的な要因と環境的要因に分れ、さらに後者には光、温度、 湿度など物理的なもの、同種あるいは異種間の社会的関係、栄養条件などがあります。 しかも、これらの各要因はもとより要因相互間の関係が時間の経過とともに刻々と変化します。 このように複雑な系を一般にダイナミックシステムと呼びますが、 成長現象はまさにその典型的なものといえましょう。 そして、 成長を対象にしてその機構を解明したり利用したりするには上述のような生態学的な視点からの研究でなければなりません。