成長研究と実験動物 第4回

清水三雄先生と成長談話会


ここで、一寸脇道にそれますが、わが国の成長研究の先駆者であられた故清水三雄先生と先生が設立された成長談話会のことに触れたいと思います。 以下は、昭和56年(1981)成長談話会創立20周年を迎えて機関誌「成長」特集号に掲載された拙稿をもとに若干手直しを加えたものです。 多分に私的なことも書いてありますが清水先生のことや成長談話会の性格がよくわかると思います。

筆者は昭和28年(1953)に大学を卒業し直ちに新設間もない福島県立会津短期大学(現会津大学)の生物学助手として勤務しました。 当時同大は独自の校舎がなく商業高校に間借りしていました。 2年後に校舎新築に伴い基本的な実験器材は整ったものの研究費はゼロで苦しいスタートでした。 一方、私と同期で大学に助手あるいは研究生として残った人達はその間に着々と成果をあげており焦燥感にかられる毎日でした。 ようやく昭和31年(1955)に校庭の一隅に物置小屋を改造してマウスを飼育、繁殖しはじめました。 同時に東北各県の畜産試験場でいろいろな実験に供した羊の不要な部分−頭蓋骨−を採集しはじめました。 マウスにしろこの頭蓋骨にしろ、とくに何を調べるか決まっていなかったのですが、ただ漠然とD'arcy ThompsonやHammondの著書から得た知識を活用したいという考えはありました。

恰度その頃、前掲清水先生の「動物の成長」が発刊になり、始めて相対成長という概念に接し多大の感銘を受けました。 羊の頭蓋骨はそれぞれ異なった条件下で飼育されたものから採取されたものでどのようにデータを処理するか困っておりましたが、この本から相対成長式(アロメトリー式)を用いればよいのではないかと考えとにかく草稿を書き上げました。 内容について全く自信がなかったので思いきって清水先生に校閲していただくべくお送りしました。 高名な学者である先生が果して校閲して下さるかどうか不安な日々が続きましたが、10日ほど経って実に丁寧な添削とともに長文の私文をいただき非常に感激しました。

私文の中には不遇な条件下でもその心さえあれば研究ができるということを先生の生い立ちを例にして書かれており、最後に今後も頑張るようにと述べられていました。 先生は茨城県の勝田にお生まれになり小学校の先生をしてから東京文理大学(今の筑波大学)をご卒業し、旧制中学、新制高校の先生をして信州大学教育学部の教授になられたことを知りました。 先生が一流の研究者であるばかりでなく人間的にも優れた教育者であったことは以上の御略歴とも関係があるかもしれません。 ところでこの原稿は無条件である学会誌に掲載され、これに自信を持ち、物置小屋で飼育、繁殖したマウスの骨を主にして相対成長の仕事で東北大学より農学博士の学位を取得することができました。 この間、先生からは貴重な論文を多数送っていただいたり御指導いただいたりしました。 とくに先生の学位論文「骨の相対成長に関する研究」(1947)、「相対成長」(1959)は未だに座右の銘となっています。

清水先生との文通は10通程でしたが、そのなかで、わが国における成長に関する研究をレベルアップするために成長談話会の結成と機関誌「成長」の発刊を計画なさっていることが熱意をもって語られ、是非この計画に加わり取りあえず一篇の総説を送るようにと述べられていました。 そこで浅学菲才ではありましたが、「家畜における成長の意義−相対成長的研究法の畜産学への応用−」と題して投稿しました。 間もなく、成長第1巻第1号(1962)が送られてきました。 それはガリ版印刷ではありましたがわが国における成長に関する専門誌の記念すべき創刊号でした。 その1頁に拙稿が掲載されたことは筆者の研究生活における最大の喜びであります。 その後、アロメトリー式適合の検定、変移点の検出、二つ以上の相対成長係数の差の検定、二つ以上の形質すなわち多変量データにおけるアロメトリーの適用など主として統計学的な疑問点が続出し、直接ご指導を得ようと考えていました矢先に先生の訃報に接しました。 昭和42年(1957)の春でした。

成長の研究者が一堂に会し研究発表大会を行うのが先生の念願でした。 その第一回大会が昭和44年秋に当時の談話会会長であった酒井琢朗愛知学院大学教授の下で開かれ、今年1996年で28回を迎えます。 第2回大会が松本市で開催されたときに先生のご自宅にお伺いしました。 それは松本市郊外の3間位のささやかな住宅でしたが、そこで成長の研究をまとめられたり著書を執筆なされたりあるいは学生達と飲みながら議論なさったりしたのかと思うと感無量でした。 奥様からこのような生前の自宅での研究生活の様子を拝聴したことは忘れ難い思い出になっています。 奥様はそれからずっとお元気で毎年開かれる成長談話会に出席くださっております。

成長にかかわる研究分野は非常に広く談話会会員の専攻をみても生物学をはじめ古生物学、農学、医学、歯学など広範囲にわたっています。 清水先生はこのことをふまえた研究所あるいはセンターの設立を考えていたに違いありません。 それは大きく基礎部門と応用部門に分かれ、前者には生物学者や数学者が参加するでしょう。 後者には医学、歯学、農学各分野の研究者が属するでしょう。そして各分野はもとより、基礎と応用部門の密接な連携の下に成長に関する研究は飛躍的に発展するでしょう。 先生はこのような夢をみていたに違いありません。

成長談話会が設立して約35年、清水先生が逝かれて30年の月日が流れました。 先生のご意志は同学の士である、酒井琢朗元愛知学院大学歯学部長とその門下生、直接ご指導を得られた宮尾嶽雄元愛知学院大学歯学部教授、花村肇(現会長)同歯学部教授をはじめとする多くの研究者によって承けつがれております。 筆者も力不足ながら成長研究に従事致しましたがリタイヤしてはや2年半になります。 幸い筑波医学実験用霊長類センターの吉田高志博士、農水省家畜衛生試験場の福田勝洋博士(名古屋大学農学部教授に栄転予定)が成長談話会の理事としてご活躍中です。 以上の方々を中心として会員諸兄は清水先生の夢を実現するよう奮起したいものです。


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