成長現象が遺伝、温湿度など多くの要因によって影響され、しかもその影響のされ方が時々刻々変化するという複雑なシステムであることは既にのべました。 したがって、ある生物の成長を正確に把握するためにはこれらの要因をできるだけコントロールすることが不可欠となります。 実験動物の種類は自然界の動物種に比べてそれ程多くはありませんが、それでもその繁殖が人為的にコントロールされ生涯にわたって一定の栄養条件、飼育環境下におかれている実験動物はかなりあります。
成長解析では、同一個体の成長データ(個成長または縦断成長データ)を多数個体集めて解析する方が各成長段階における多数個体−各段階にわたって同一個体は含まれていない−の平均値(平均または横断データ)によるよりすぐれています。 多くの実験動物は切歯萌出、開眼、精巣下降(開膣)などの形態的変化をはじめ体重、体長等の計測データ、各種行動パターンなど個体の一生を同一条件下で多数個体追跡することができ、個成長解析が可能です。 私は各種サル類の成長パターンを比較したり、各種家畜とそれぞれの原種の成長パターンを比較して、それが「進化」や「畜化」に伴ってどう変化したのかということに興味を持っているのですが、実験動物以外のサル類や家畜の原種の個成長データが入手できずなかなか目的を果せません。
TPCでは、カニクイザルとミドリザルの体重、血液学的ならびに血清生化学的値などの個体の成長データが長年月にわたって蓄積されつつあり、それらに基づく研究成果も公表されています。 ビーグル犬を飼育、繁殖している動物施設でもTPCと同じようなデータが集められていると思いますが、その多くは各種試験の対照値として用いられるのみであまり活用されていないのではないでしょうか。 このような縦断的なデータには時系列解析が適用できることが多く、成長解析にとって有用なので再度見直したら如何でしょう。
マウス、ラットには遺伝的にコントロールされた近交系やクローズドコロニーなど多数の系統があります。
同一近交系内の個体差は主として環境の違いにより、近交系間の差異は遺伝的な違いによるといえますからこの関係を利用して3週齢時体重や7週齢時体重など日常作業時のデータからそれぞれの遺伝率(広義の)を推定できます。
出生時から成熟時までの体重データが経時的に記録されていればLogistic曲線などで表わされる成長パターンの遺伝率も推定することができます。
かつて、私ども(1977)は7系統の近交系マウスの体重データYtにLogistic曲線
Yt=A/(1+be^(-kt))
を適用したところ、どの系統マウスにもこの式がよくあてはまり成熟時体重A、成長速度に関するパラメータkおよび積分定数bの遺伝率は0.40〜0.67の範囲でした。
つまりマウスの成長パターンはかなり遺伝的要因に支配されていることがわかりました。
クローズドコロニーでも親子関係がはっきりしていますから、家畜で行われている分散分析(枝分れ分類)を適用することによつて成長形質の遺伝率を容易に推定できます。
ウシやブタで体重や増体重など成長形質について選抜しようとする場合に、それに先立って実験動物とくにマウスで模擬的に選抜実験をすることは有益です。 家畜は一般に世代交替が長く,また経済的にも高価であるからです。 Falconerら(1953,54)は4系統のマウスを交配して遺伝的にヘテロな交雑種を作り、それを基礎集団として6週齢体重の大、小2方向に選抜(家系内)しています。 その結果、選抜11世代で基礎集団よりも大系平均4g増、小系平均7g減となりました。 この選抜結果は再現性があり2回目の同じような選抜実験でも同様な結果を得ています。
クローズドコロニーは近交系とは違って、それが正しく維持されていれば、同一系統内の遺伝子構成はヘテロに保たれそれらの割合も代々一定です。 このようなことから、クローズドコロニーを基礎集団として成長形質についての選抜実験も行われています。 Bakerら(1991)はFalconer(1973)が開発したクローズドコロニーのQ系統マウスを用いて血漿中のInsulin-like growth factor-I(IGF-I)濃度に関する高低両方向への選抜と12週齢体重選抜を9世代にわたって行なったところ、12週齢体重選抜は対照系(Q系)より大方向で+8g小方向で−9g前後と強い選抜効果がみられました。 IGF-I濃度に関する選抜は同週齢体重への間接反応として高・低両方向間で約4gの差異を生じました。 IGF-I濃度の実験遺伝率は0.1と低かったものの12週齢体重との間に0.53の遺伝相関がありました。 以上の結果は、血漿中のIGF-I濃度に関する選抜は、効果は直接体重選抜には及びませんが、12週齢体重に間接的な効果を与えることを示しています。 ニワトリでは、IGF-II濃度に関する選抜実験結果からこの因子が体重成長と関連していると考えられています(Scanesら、1989)。 マウス等を用いたこのような成長形質についての選抜実験はこの他にも沢山あります。
他に、dwarfマウス、ラットなど成長の疾患モデル動物や成長ホルモン遺伝子導入動物など形質転換(transgenic; t.g.)動物は成長機構の解明に重要な役割を果たしています。 これらについては別に頁を改めてのべるつもりです。