成長研究と実験動物 第6回

成長の解析


○骨の成長解析

動物の体重は生体の総合的な機能の表れであり、また生体を傷つけたり動物にストレスを与えることなしに容易に計測できるので成長のメルクマールとして用いられていますが、一方、いろいろな要因によって変動し易いという欠点を有しています。 実際に動物で調べたわけではありませんが、食事前で排糞、排尿したときとそれと正反対の食事後で排糞、排尿前のときとでは同じ個体でもかなりの体重差があると想像できます。 そんなわけで、成長の様式をみるにはあまり内、外界の影響を受けない骨を対象として昔から行われてきました。 清水先生もラットについて骨の絶対ならびに相対成長的解析を詳細に行っております。 このような数理的な解析法については別の項でのべることとして、ここでは古典的な形態・組織学的な骨の成長解析を取上げます。


金属充填法、X線による方法および生体染色法

Sisson H.A.(1956)の著書によりますと、ニワトリヒナの脛骨中央部に2ヶ所の孔をあけ、2ヶ月後にその骨を観察したところ全体の骨の長さは大きくなっているにもかかわらず孔の間隔はそれ程大きくなっていないことよりその骨の長さの成長は骨端部でなされているのではないかと推察した古い実験があります。 その後の顕微鏡的方法の進歩により造骨細胞、破骨細胞が発見され、長骨の長さの成長は骨端部と骨体部との間に形成される軟骨性の骨端線における軟骨細胞が増殖して軟骨内骨化をおこすことによって行なわれることがわかりました。 長骨のように単純でない複雑な形態の下顎骨の成長様式の研究も古くから行なわれています。 Robinson and Sarna(1934)は8週齢のブタの下顎骨のところどころにアマルガム片を充填し14週齢まで経時的にX線写真を撮り、その像からアマルガム片間の距離を算出してこの骨の成長方向と速度をみています。

同一個体における骨の構築を組織レベルで経時的に観察し、骨の形態形成を把握する方法に生体染色法があります。 Alizarin Red Sという色素は生体染色可能で骨化した骨に特異的に染ります。 醋酸鉛は、生体にとって有毒ですが、骨に沈着します。 これらの物質を幼齢個体から成熟時まで経時的に投与し、その後、骨を採取して組織学的に色素あるいは鉛の沈着順序と方向を観察することによって骨の構築様式を推定するのです。 後者の方法は鉛線時刻法といわれています。 Avis,V.(1961)はAlizarin Red Sを用いて巧妙な実験をしています。 同氏は幼齢ラット(2〜4週)の片側の咬筋、翼状筋および両筋をそれぞれ外科的に切除した3群を作成して上の色素を投与して生体染色し、術後8〜43日後に処分して下顎骨の形態を観察しています。 その結果、下顎骨はそれぞれ機能の異なる独立した多くの部分からなっていること、手術後の下顎骨の成長は軟部組織と密接に関連していることを明らかにしています。 つまり、下顎骨の複雑な形態は骨だけで形成されるのではなく付着している筋肉の機能の影響をうけながら形成されます。

この項で紹介した金属充填法、X線法あるいは生体染色法はいずれも個成長データに基づく解析法といえます。


分裂線法

分裂線(split-lines, splitting lines, Spaltlinien)という用語を知っている研究者は今では殆んどいないでしょう。 そこで、一寸寄り道して分裂線のことを少しお話ししたいと思います。 私は今でもこの手法に興味をもっています。

もう20数年前のことです。 第4回の成長談話会大会が金沢大学で開催され、その時の大会々長であった医学部解剖学教室の松田健史助教授(後に富山医科薬科大学医学部解剖学第1講座教授、1989年ご逝去)に解剖学教室の標本庫を案内していただきました。 この標本庫には体長1mほどある南米産大ネズミのカピパラのホルマリン漬標本をはじめ実に様々な標本がありましたが、中でも頭蓋骨などヒトの各種骨格標本が年齢、性別はもとより家系図、病歴なども整理されて展示され素晴らしいものでした。 その中で、きれいに「入れ墨」を施した小さな長骨が300ml位の小瓶にアルコール漬けされているのが目にとまりました。 よく見ると一つ一つの入れ墨跡は点ではなく長さ1〜2mmの線状をしていて、その線の方向はどれも長軸(骨の上下方向)に沿っていました。 松田先生にお伺いしたところ、これが分裂線という手法を骨に適用したものであって肉眼的に骨の構築を知るのに極めて有効であるということでした。 そして、帰りに教室の分裂線に関する研究業績を数篇いただきました。 前にも書きましたが、その数年前より私は東北各県の畜産試験場からヒツジとブタの頭蓋骨を収集していましたのでこれに分裂線を適用しようと思いました。 この手法は極めて簡単でお金も殆どいりません。 まず、骨を5%の硝酸で脱灰し、ついで墨汁に浸漬した穿刺針で骨面に直角に1mm位さします。 つまり、入れ墨を施します。 この操作をある程度繰返したら余分の墨汁をとるために水洗いします。 骨の全面に穿刺し終ったら70%アルコールに保存し随時取出して観察します。 一つ一つの入れ墨の跡は円形状ではなく多くは割線状になりますが、これは骨の緻密質が一定の構造をもっているからです。 薪の縦断面に入れ墨をした時を考えればその跡が割線になることが理解できます。 この一つ一つの割線を眺めるとその骨は多くの線系群−分裂線系−からなっていることがわかります。

分裂線に関する研究はドイツのBenninghoff一派(1925〜1983)によって広範になされています。 そして、同氏らは分裂線の走向は骨緻密質の主要構成要素であるosteoneの配列方向と一致し、分裂系線をしらべることでその骨の緻密質の形態的な構築を肉眼的に推定できることを明らかにしました。 その後、分裂線系は骨の圧迫−けん引関係の方向を示すこともわかり、ただ単に形態的な構築だけでなく機能的な意味をも示すことが明らかにされました。 さきほどの薪が縦に割り易く横には割り難いことを想像すればこの辺の関係はよく理解できます。

九州歯科大学の中山種秋教授(1957)はいろいろな動物の幼齢時から成熟時までの骨に分裂線法を施し、その骨の成長に伴う形態的変化と分裂線系の変化をあわせ観察することによって骨の成長がどの時期にどの方向に旺盛になるかを知ることができると指摘しました。 さらに、同氏は骨にはこの線系の乱れや一つ一つの割線がランダムに向いていて明瞭な線系が得られない箇所、すなわち不整裂線(irregular lines)がしばしば認められること、そしてそれは筋肉付着部など常時機械的な刺激をうけるために生じた直接的な機能表現であるとしました。

骨の分裂線に関する研究はドイツのBenninghoff一派が精力的に行って成果をあげています。 わが国では金沢大学医学部、熊本大学医学部、九州歯科大学および岩手医科大学などの解剖学者が多くの業績を残しています。 残念ながら原著は入手できませんでしたが、中山(1957)の総説によれば、一番初めに分裂線の研究を発表したのは日本人の片山(1887)という人で初生児の頭蓋について行ったものでした。 考えて見れば「入れ墨」的手法は日本人らしいアイデアではありませんか。 こんなに古く日本で発表されていながら、それがドイツで適用されてまた日本に導入されるとは、こんな例が日本の科学史上いくつもあったような気がします。

それはさておき、東北各県から集めたヒツジとブタの頭蓋骨は胎仔から5才頃まで各成長段階のものからなっていましたので、下顎骨について分裂線を作成しどの時期にどの方向に成長して最終的に下顎骨の形態になるかをみることができました。 同時に不整裂線(線系の乱れ)の発現部位、時期を動物の成長に伴う生理的機能の発現と対応させて考察した結果、これらの不整裂線はそれぞれ哺乳、咀嚼(咬筋、翼状筋の作用)、咀嚼のための交合圧などの機能的要因による影響によるものであろうと考えることができました。 この研究はお金は殆どかかりませんが、穿刺するための労力と時間を要する根気のいる仕事でした。 幸い文部省の科研費を貰うことができましたので当時の女子短大生にアルバイトをして貰いました。


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