成長研究と実験動物 第8回

成長曲線


個成長データには時系列解析が適用できます。 時系列変動は、一般には傾向変動、循環変動、季節変動および不規則変動の4つの変動要因によって構成されていますが、成長解析の代表的なものは傾向変動の分析です。 横軸に時間をとり、個体の体重、体長など実際に得られる成長データを縦軸にとってプロットすると、点のバラツキはあるものの全体としてS字状曲線をしているのがわかります。 個体の出生から成体に到るこのような長期的な変動を傾向変動または傾向線といいます。 代表的なものとしてLogistic, Gompertzなどの理論的成長曲線があります。 理論的に導き出されたものであれば、実測値をあてはめたときの式のパラメータには生物学的な意味があり、その個体の成長解析に有用です。 それではこれらの曲線がどのようにして数理的に導き出されたのかをGompertz曲線を例にして紹介しようと思ったのですが、一寸複雑な数式が出てくるので省略します。 ただ、この式はもともとヒト集団における生命表の調整に用いられたものですが、個体レベルでは、「ヒトの老化は、身体組織の外界刺激に対する抵抗力が加齢にしたがって減少することであって、この抵抗力の減少の割合がその時に残存している抵抗力の強さに比例する(森田,1965)」という前提に立っていることを記します。 事実、多くの研究者がマウス等の成長にこの式をあてはめて成長解析を行っています。

清水(1957)によりますと、成長を時間tの関数としてあらわす試みは古くから行われその数は150以上にのぼるといわれています。 しかし、式の導出にあたって理論の欠如しているものおよび式中に多数のパラメータを含みそれらの生物学的意味が明らかでないもの(これらを形式的傾向線といいます)を除きますと理論的成長曲線はLogistic, Gompertz, Bertalanffyなどの数式しかありません。 Richards(1959)はこれらの式が数学的に類似しているのに着目し、新たにshape parameter mを導入して次の成長式を提案しました。

   y=A(1−be^(−kt))^(1/(1−m))  (m≠1)……(1)


(1)式で、mが0に近づくと単分子反応(monomolecular),2/3に近づくとBertalanffy,1に近づくとGompertz, 2に近づくとLogistic各曲線になることがわかります。 mが2より大きいときは上記以外のS字状曲線となります。 井上(1989)は、mが変ればbも変ることから次の(2)式を提案しています。

   ym=A{1−(1−m)βe^(−kt)}^(1/(1−m)) (m≠1)……(2)


変曲点の座標(t*,A*)は(1/k・lnβ,A・m^(1/(m−1)))でm→1.0のときのA*はA/eです。 (1),(2)式は、実測値を固定されたm値をもつ各理論曲線へあてはめるのではなく、最も適合しているm値をもつS字状曲線にあてはめることになりますから、LogisticとGompertz曲線の中間型(1<m<2)など正確な成長パターンを求めることができます。

実際に成長データをLogisticゃGompertz曲線へあてはめて各パラメータを求め成長曲線の描くためのアルゴリズムは結構繁雑ですが、今ではPC用の市販のソフトで計算してくれます。 (1),(2)式はもう一つのパラメータmが増えていますから大変面倒でそのための市販のソフトは多分ないと思います。 私が知る限りでは、和田(農水省畜試)が開発した電算機用プログラム「NONLIN」(京大農学部家畜育種学教室プログラムライブラリー、No.5(1982))は、成長データを5つの成長曲線モデルに同時にあてはめ、さらに各モデルへの適合度を相互に比較して最適のモデルを選択することができるので極めて有用なものです。 農水省の大型計算機センターの農林ライブラリーにもこのプログラムは登録されています。 他に井上(1989)が開発した3点法によるRichards曲線推定用の電卓用プログラムがあり、これを活用して秋元が1980年より現在まで主としてニワトリ各品種の成長解析を精力的に行なっております。

実測値がどの成長曲線モデルに最もよく適合しているかを判定するには2、3の方法があります。 一般的には決定係数(coefficient of determination)が用いられていますが、これは同一時刻に対する縦軸同士の差の平方和(残差平方和)が最少のものを最も適合するとしています。 これに対して測定点からモデル曲線に垂線を下し、その垂線長の残差平方和に着目して最適の適合度を判定する方法(適合係数、fitting coefficient)が井上(1992)によって考案されています。 具体的には、推定座標(t,y)における各時点の値をモデル曲線の変曲点座標(t*,A*)の値で割り一種の基準化を行なった上で残差平方和を求めます。 秋元(1995)は、アヒルの体重成長にRichards曲線をあてはめる際に決定係数と適合係数を比較し、後者の方が有用であったとのべています。 もう一つ重要な方法に赤池(1973, 76, 79)の情報量規準AIC(An Information Criterion)があります。 これはなるべく少ないパラメータでなるべく良い情報を得ることができるように考え出されたもので次式であらわされます。

    AIC=−2ln(最大尤度)+2(自由パラメータ数)


AICの値が小さいものの方を良いモデルと見なします。 前記の電算機用プログラム「NONLIN」には決定係数とAICが計算されます。

成長解析では文章で説明するよりもグラフや数式の方が分かり易いのです。 このフォーラムでこれらを使えないのが残念です。


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