成長中の動物において、時間tにおける大きさ(あるいは重さ)をm(t)としそれからある時間経過したt+1における大きさをm(t+1)とすれば、m(t+1)-m(t)は時間(t+1)-t経過中の増加量で、(m(t+1)-m(t))/m(t)あるいはこれを百分率であらわしたものを増加率といいます。 増加量と増加率は極めて簡単に計算できしかも実用的でもあります。 家畜の肥育とか飼料効率の比較でよく用いられる1日増体量(daily gain)は(肥育終了時体重)−(肥育開始時体重)を経過した日数で割った値です。 増体率は無名数ですから重さと長さなど単位の異なる形質の間でも成長能力を比較できますが増加率を算出する期間は同じでなければなりません。 体重と体長の増加率を比較するのに前者が1年、後者が2年であっては比較になりません。 後者も1年でなければなりません。
増加量曲線あるいは増加率曲線とはtを動かして増加量あるいは増加率を図にプロットしたものです。 マウスの体重を出生時から成熟時(60〜70日齢)まで毎日測定したデータをm(1),m(2),…………,m(n)としますとm(2)-m(1),m(3)-m(2)…………、m(n)-m(n-1)を横軸を時間tにしたグラフ上にプロットしますと、点のバラツキがあるものの一定の傾向線すなわち増加量曲線がみられます。 胎仔期から出生を経て成熟時まで観察すると、この曲線はある時期までは旺盛に増加しますがピークが過ぎると減少しつづけるという釣り鐘型になっています。 増加率を同様にプロットした時は幼齢時の値が大きく時間が経つにつれて急速に減少します。 ただし、出生直後から1日齢にかけては生理的な体重減少がみられ結果的に増加率は小さくなっています。
アメリカArgonne National LaboratoryのLaird,A.L. (1967)はヒトの成長曲線の進化というタイトルでヒトを含む数種霊長類の体重成長曲線をいろいろな哺乳動物や鳥類のそれらと比較しています。 それによりますとヒトの成長は出生時から性成熟までの時間が他種動物に比較して極めて長いのが最大の特徴です。 その他、ヒトの成長曲線をマウス、ラットなどやチンパンジー、ゴリラなのそれらと図示してみれば一目瞭然ですが、ヒトでは出生〜1歳の成長が旺盛で曲線が上方に凸の形を呈しその後緩やかな成長が思春期到来まで長い間続きます。 そしてその思春期前期ではもっとも旺盛に成長します。 これをadolescent spurtとよびヒトを含む多くの霊長類にみられます。 このように霊長類は複雑な成長パターンを示すのでその成長を一つの曲線式で表わすのは難しく、Laird(1967)は2つ以上の式で表現しています。 たとえば、ヒト男子の体重では、0〜3歳がGompertz−直線複合モデルで、8〜13歳が直線式、思春期到来期がGompertz曲線モデルにそれぞれ適合するとしています。 チンパンジーでは生後数年間は直線式、その後はGompertz型の成長を示し、アカゲザルでは生後の初期段階はGompertz−直線複合モデルで説明できそれから思春期到来にかけてはGompertz曲線モデルに適合します。 冷岡ら(1990)は、ミドリザルの雄の体重成長は急激に増加体重を示す2歳10ヵ月齢以前は Gompertz曲線が、以降は Logistic曲線が最適の適合を示すとしています。 ヒヒ属キイロヒヒでは雄の生後間もなくと性成熟開始期(240週齢ごろ)に急速な体重成長がみられ明らかな2相性を示しており、雌でも雄ほど顕著ではありませんが雄と同様な傾向がみられております(Shoji &Sasaki, 1985)。 以上の例でわかるように、霊長類の成長はただ一つの理論的な曲線モデルでは表わせないことが多く、いくつかの曲線モデルを組合せなければならないようです。 この場合、山岸(1977)が指摘しているように、曲線のつなぎめに生物学的な意味をもたせることが困難です。 これでは、ただ単に成長パターンを数式で表わすだけの形式的な傾向線と同じになってしまいます。 ただ、こうすることでヒトの成長曲線の特徴の一つである出生〜1歳における凸の型や思春期到来における急激な立ち上りは、アカゲザルやキイロヒヒおよびオスミドリザルなどでも若干みられることがわかります。
TPCでは、ほぼ同一環境下で数種サル類の体重をはじめ各種生理的パラメータ(乳歯萌出、初潮、閉経時期など)の個体情報を定期的に計測しています。 その情報のうち、カニクイザルの生理学的パラメータの発現年齢と日本人のそれらとの比較(吉田、1994)は非常に興味深いものです。 それは、いくつかの生理学的パラメータの発現年齢を横軸に日本人、縦軸にカニクイザルにして図上にプロットすると、原点(出生時)と閉経時期とを結ぶ直線に対し多くのパラメータは直線の下方に位置するという点です。 出生とか初潮とか閉経などにおける年齢は、たとえ動物種が異なっていても生理学的には同一年齢であると考えることができますから、殆んどパラメータが出生−閉経直線の下方にあるということは日本人の方がカニクイザルより相対的にパラメータの発現時期が遅いことを意味しています。 出生時から性成熟まで極めて長い時間を要するというヒト成長の特徴がはっきりとあらわれています。 この研究は、他種動物間の成長パターンを比較しようとする場合、横軸に時間をとった絶対成長だけではなく生理学的年齢を基準にした相対成長的立場からの検討も重要であるということを示唆しています。