私はウイルス感染症について殆どわかりませんので間違ったことを書いてしまうのではないかと,ハンタウイルスについてもう書きたくないと思っていました。 ところが,またまたウ国で初めての死亡例が出たというショッキングなニュースが出ましたので紹介する破目になってしまいました。
ウ国厚生省当局が発表したところによりますと,この国で2人のハンタウイルス感染肺症候群 (HPS) 患者が発生したらしい (1997年6月17日のEL OBSERVADOR紙) ということです。 一人は Rocha県 の Cebollati に住んでいる28歳の男性で,もう一人はモンテビデオ市のいわゆるスラム街に住んでいる中年男性です。 このうち,後者のケースは翌日になってレプトスピラ症と判明しましたが,前者のケースは6月18日の厚生省当局の発表によれば既に死亡し,その病因はHPSであったといいます (6月19日EL PAIS紙)。 このニュースは何しろウ国では初めての死亡例と言うことで新聞やテレビで大々的に報道されました。 例えば,前掲6月17日のEL OBSERVADOR紙にはAP発のニュースで,アメリカ合衆国厚生省当局が第12回の拙稿で紹介した,アルゼンチンのボルソンでの発生を契機に次々と感染したHPSはヒトからヒトへ感染したものと認められたという記事が掲載されていました。 このように連日HPSの記事が新聞に掲載されています。 それらによると死亡した男性は,ウルグアイの東方,ブラジル国境から25kmの San Miguel という所に何日かいて,それからそこから北方にある Cebollati に移りました。 この辺は低湿地帯で水田が多く穀倉地帯です。 この若い男性は農業用トラクターの運転手でしたが,普段は野外に寝泊まりしていたそうで,付近の人が発症13日前から小さな倉庫 (8m×4m) を貸してあげて,そこにもう一人の男性と住んでいました。 この男性は発症していないとのことですが,念のため血清を送付して検査中です。 その倉庫の半分がコンクリートで半分は土間でした。 このような生活を続けていれば,穀倉地帯ですから当然たくさんの野ネズミが生息し,それらの糞尿に接触する機会が多くなります。 アメリカでのHPSの流行は白アシハツカネズミ Peromyscus leucopus が媒介したものです。 そのネズミの抗体陽性率は海抜高度にほぼ比例しHPS患者の率も同じ傾向がありました。 今回の場合は低地ですから,アメリカにいる白アシハツカネズミは生息していないと思われます。 一方,アルゼンチンのHPS流行は Oryzomys palustris (rice rat) や Oligoryzomys longicaudatus (long-tailed pygmy rice rat) などの媒介によると推測されています。 アルゼンチンのバリローチェは高地にありますが,これらのネズミはその名の示すとおりお米の取れる低地に生息しているのではないでしょうか。 あるいは全く別のネズミが媒介しているのかもしれません。
横道にそれますが,私どもは先日ウ国北部のパイサンドゥというところに行きました。 モンテビデオから約380km,車で4〜5時間かかります。 ずっとパンパスの中の国道を北上しますが,その国道で沢山 (20〜30頭) の小動物が車に轢かれているのをみました。 体長30cm位で黒いのはスカンク,ラット位の大きさのネズミ,尾が短いラット大の動物はおそらく前から興味をもっている草食性のアペリアでしょうが,いろいろな種類の動物が轢かれていました。 轢かれてはいませんでしたが,川や池の近くにはこちらでは Carpincho と呼ばれているカピパラも生息しています。 水田地帯にはトレンタイトレス近くにしか行ったことがありませんが,少なくとも白アシハツカネズミはみかけませんでした。 私はもともと野生小動物に興味がありますので,ウ国のパンパスや水田地帯に生息しているそれらの種類や分布状態などを調べたら面白いと思っています。 アメリカのカリフォルニアでは,第12回の「ウルグアイ便り」で紹介したようにいろいろな種類の動物のハンタウイルス抗体調査を大々的に行っています。 ウ国でも同様な調査をする時期ではないでしょうか。 カピパラなどはどうなのか興味があります。
ところで,今回の死亡例をきっかけに労働・社会保障省では多くの若い労働者が働いている環境や労働条件の調査を実施する計画をしています。 残念なことにウ国ではHPSの診断ができずに,いつもアルゼンチンのブエノスアイレスの研究所(次々回の拙稿での国立微生物研究所,MALBRANだと思います。)に血清を送っています。 7月初旬にブエノスアイレスでハンタウイルス予防に関するシンポジュームが開催されるそうで,ウ国からも研究員を派遣することになっています。 近い将来自国で診断できるようになるでしょう。案外,以前にもHPSで死亡していたことが,保存血清の調査から分かるかもしれません。