106.期待が高まるDNAワクチン

これまでのワクチンは、不活化ワクチン、弱毒生ワクチン、サブユニットワクチン、ベクターワクチンといった形で、免疫源となるウイルスタンパク質を、接種して免疫を誘導してきた。このような体外から投与する、ワクチンとは異なり、DNAワクチンは、ウイルスタンパク質遺伝子を投与することにより、免疫源のタンパク質は体内の細胞で産生させるという、まったく異なるタイプになる。

DNAワクチンは、ワクチン遺伝子を組み込んだプラスミドを、大腸菌などの細菌をタンク培養で増殖させて製造する。プラスミドは細胞質内で自律的に増殖するDNAである。プラスミドを遺伝子の運び屋としたのが、プラスミドベクターで、遺伝子治療で広く用いられている。プラスミドベクターでは、GMP(医薬品の適性製造基準)にもとづく製造方式や、ヒトでの安全性を確認するための条件が確立されている。DNAワクチンは、プラスミドベクターにワクチン遺伝子を組み込んだものであるため、実用化の条件はほとんど揃っている。

DNAワクチンには、いくつかの利点がある。細胞培養や卵で製造するワクチンと異なり、DNAワクチンは、タンク培養で迅速に大量生産できる。たとえば、インフルエンザワクチンは前年の流行から予測したウイルス株を用いて製造されているため、出来上がったワクチンが翌年の流行ウイルスに対応するとは限らないが、DNAワクチンであれば、直ちに流行株を用いたワクチンが製造できる。製造法が単純で容易なため、いくつもの候補抗原のDNA をすぐにワクチンとすることができる。DNAは熱に強く、冷蔵保存の必要がない。

DNAワクチンの投与法としては、筋肉内注射が一般に用いられてきた。最近では、電気パルスによるエレクトロポレーションも行われている。これは、筋肉内注射後に針電極でミリ秒の電気パルスをかけて、細胞膜の透過性を高めて、DNAの細胞内への取り込みを高めるものである。

多くの利点があるため、DNA ワクチンは理想的なものとして、1990年代から数多く開発されてきたが、人体用に承認されたワクチンはまだない。現在、トリインフルエンザ、エボラ、C型肝炎、HIV、乳ガン、肺ガン、前立腺がンなどのDNAワクチンについて臨床試験が行われている。特記すべき例として、ジカウイルスDNAワクチンは、2016年2月にWHOがジカウイルス感染の緊急事態を発表して、半年後には臨床試験が始められるという、急速な進展を見せている。これについては、次回(107回)に紹介する。

獣医領域では、すでにいくつかのDNAワクチンが承認されている。2005年カナダでは、養殖サケの伝染性造血壊死病ウイルスに対するDNAワクチンが承認された。2008年、オーストラリアでは、繁殖期の雌豚の成長ホルモン分泌促進のためのDNAワクチンが承認された。米国では、馬用のウエストナイルウイルスDNAワクチンが農務省(USDA)から2008年に承認された。イヌのメラノーマDNAワクチンは、2007年に条件付きで承認され、摘出手術後に用いられてきたが、2010年に正式承認された。2017年11月にはニワトリ用の高病原性トリインフルエンザDNAワクチンが初めて承認された。

Scientific American誌12月号は、2017年における革新的技術トップ10のひとつに、ゲノムワクチン(DNAワクチン)をあげている。

参考文献

Ling, G.: Vaccines composed of DNA or RNA could enable rapid development of preventives for infectious diseases. Sci. Amer. 317, issue 6, Dec. 2017.