40.プラムアイランド動物疾病センター

この研究所は前回紹介した組み換え口蹄疫ワクチンを開発したところです。この施設をめぐる二つの話題を提供したいと思います。

研究施設の移転問題

図1

プラムアイランド(Plum Island)は17世紀オランダ人が海岸に生えていたbeach plum(スモモに似た実のなる北米原 産の木)を見つけて命名したと言われています。ニューヨーク州ロングアイランドのノースフォーク突端にあるオリエント・ポイントから約2マイル(3.2キロメートル)にある小さな島で、長さは約3マイル(4.8キロメートル)、一番幅に広いところで約1マイル(1.6キロメートル)という小島です(図1)。所員はすべてフェリーで通勤しています。

この島は元来、先住民の漁港でした。1898年に起きたアメリカ・スペイン戦争の直前、政府は海岸防衛のため、島の土地を買い上げ、陸軍の駐屯地フォート・テリー(Fort Terry)を築き、第2次世界大戦中は潜水艦防衛の拠点になっていました。

1946年から1951年にかけてメキシコで口蹄疫の大発生が起こり、カナダでは1951年から1952年にかけて口蹄疫が発生しました。南北の国境を隔てて相次いで口蹄疫が発生したため、1954年米国政府はプラムアイランドの管理を陸軍から農務省に移し、プラムアイランド動物疾病センター(Plum Island Animal Disease Center: PIADC)を設立しました(図2)。ここが、現在にいたるまで口蹄疫を中心とした家畜の海外病の研究拠点になっているのです。2001年9月の同時多発テロを受けて、ブッシュ大統領は2003年6月に国土安全保障省を設置し、ここがプラムアイランドの島全体を管轄することになりました。ただし、PIADCの運営は農務省に任されています。2008年アフガニスタンでマサチューセッツ工科大学卒のアルカイダの科学者が逮捕された時、彼女が持っていた攻撃リストの中には、プラムアイランドが含まれていたと言われています。

 

図2

人獣共通感染症第166回「新刊書・Lab 257:政府の秘密生物兵器実験室の気がかりな物語」で紹介したように、プラムアイランドは一般人からは疑惑のまなざしが投げかけられ、秘密に満ちた場所と受け取られているようです。研究所の一部は2012年6月10日放送のCBS News Videoで見ることができます。

http://www.cbsnews.com/8301-3445_162-57450054/plumbing-the-mysteries-of-plum-island/

そのうち、港の写真撮影は許可されなかったため、同時多発テロ以前の写真が掲載されています。職員が通勤するフェリーは武装兵士に護られているそうです。CBCスタッフは、来訪者用宣誓供述書にサインして上陸したはずです。この書類の内容は、ネルソン・デミルの小説「プラムアイランド」(人獣共通感染症第60回)によれば7日間は動物を避けるころに同意すること。家畜には接触せず、動物園、サーカス、公園にも行かず、家畜競売場、飼育場、動物研究所、屠畜場、農産物品評会の動物展示場などに近づかないことなど詳細な条件が要求されているとのことです。

PIADCの研究施設は半世紀以上も経って老朽化しスペースも狭くなり、一方で海外からの口蹄疫など家畜伝染病の侵入、もしくはバイオテロに対処する必要性が増加しています。これらを考慮して国土安全保障省は約14億ドルの予算で全米バイオ農業防衛施設をカンザス州マンハッタン市に建設し、そこへPIADCを移転させる計画を進めています。しかし、2012年6月、この計画を審議した全米研究評議会(全米科学アカデミーの実務機関)の委員会は、国の肉牛生産の中心であるカンザス州という立地条件を重視した結果、リスク評価が不十分と結論しました。何年先に移転が実現するか見通しはたっていません。

豚で見つかったエボラウイルス感染

PIADCでは、豚のサンプルからエボラウイルスが見いだされたことがあります。その経緯を農務省国際動植物検疫課(Animal and Plant Health Inspection Service: APHIS)の報告をもとにまとめてみます。

豚で見つかったエボラウイルス感染

PIADCでは、豚のサンプルからエボラウイルスが見いだされたことがあります。その経緯を農務省国際動植物検疫課(Animal and Plant Health Inspection Service: APHIS)の報告をもとにまとめてみます。

http://www.aphis.usda.gov/animal_health/emergingissues/downloads/restonebolavirussep2009.pdf

2007年春からフィリピンの一部地域で子豚の死亡と成豚の発病が突然起こり、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)ウイルスとサーコウイルス2型、豚コレラウイルスなどの感染が疑われたため、2008年PIADCに診断を依頼したのです。培養細胞で検査したところ、未知の病原体感染の疑いが出てきたため、ウイルス診断マイクロアレイによる検査が行われました。これは、数万のウイイルス遺伝子配列を並べたスライドにサンプルを載せ、マッチしたウイルス遺伝子配列を増幅するもので、意外なことにエボラウイルス・レストン株を強く示唆する結果が得られたのです。さらにポリメラーゼ・チェーン反応で調べた結果、その配列はエボラウイルス・レストン株と95%以上同じでした。

エボラウイルスはレベル4病原体で、PIADCでは取り扱うことができないため、疾病対策予防センター(CDC)にサンプルが送られ、そこでエボラウイルス・レストン株であることが確認されました。
エボラウイルス・レストン株は1989年、フィリピンから首都ワシントン郊外のレストン市に送られたカニクイザルで初めて見いだされ、社会に大きな衝撃を与えたものです。豚でのエボラウイルス感染はこれが最初の例です。

このウイルスに感染した人は、2009年3月までに15名見つかっています。4名はレストン市のサル飼育施設の動物飼育員、5名はフィリピンのサル輸出施設の動物飼育員、6名は養豚場とと畜場の作業員です。このうち、レストンの1名はメスによる傷から血液中にウイルス感染が広がりました。しかし、ただひとりとして発病した人はいません。それでも、人での病原体の潜在的可能性があるとみなされてレベル4に指定されています。