39.米国で開発された組み換え口蹄疫ワクチン

 

現在の口蹄疫ワクチンは口蹄疫ウイルスを不活化したもので、口蹄疫ウイルスを大量に増殖させるため、ウイルスが漏出しないように厳重な隔離施設の中でワクチン製造が行われています。しかし、2007年には英国動物衛生研究所の敷地内に設置されているメリュー社の製造施設から、おそらく排水管を伝わって、ウイルスが漏出し、周辺の牛に感染を引き起こしたことがあります。その詳細は私の著書「どうする・どうなる口蹄疫」で紹介してあります。

一方、米国では1929年の発生を最後に口蹄疫は発生していません。もしも発生した際には膨大な経済損失がもたらされるという試算も出されています。とくに警戒しているのはバイオテロの手段として口蹄疫ウイルスが用いられることです。米国のバイオテロ対策の対象となっているウイルスの中で、口蹄疫ウイルスはトップに位置づけられているのです。そこで、口蹄疫ウイルスの取り扱いは、国土安全保障省管轄のプラムアイランド(Plum Island)に設置されている米国農務省(USDA)の動物疾病センター(Plum Island Animal Disease Center: PIADC)だけが許可されています。この研究所については本連載40回で取りあげます。

10年ほど前からPIADCでは、生きた口蹄疫ウイルスを使わないで製造できる組み換えワクチンの開発研究を行っていました。開発されたワクチンは、口蹄疫ウイルスの外側の殻を構成するカプシド蛋白質だけを持っていて、口蹄疫ウイルスの核酸RNAはありません。殻だけを持った空っぽのワクチンであって家畜で病気を起こすことはないという訳です。ワクチンの具体的な構築法は図1に示したように、ヒトアデノウイルス5型に口蹄疫ウイルスのカプシド蛋白質遺伝子を組み込んで作ります。用いたアデノウイルスは、遺伝子治療のベクターとして人で増殖しないようにE1領域を欠損させた遺伝子改変ウイルスで、増やす場合は、E1遺伝子を発現している細胞(ヒト胎児腎臓由来の239細胞)を用いなければなりません。

この組み換えワクチンでは、口蹄疫ウイルスの構造蛋白質であるカプシド蛋白質だけが発現しているため、牛や豚に接種しても非構造蛋白質(non structural protein: NSP)に対する抗体は産生されません。そこで現在市販されているNSP検査キットで、ワクチン接種と自然感染の鑑別ができます。現行の口蹄疫ワクチンは、精製処理でNSPを除去しているため、NSP混入のないことの確認がワクチンの品質管理での重要な課題ですが、この組み換えワクチンではそのような問題は起こりません。

2001年から、この組み換えワクチンの性状について数編の論文が発表されており、2010年にはFuture Virologyに総合的な成績が発表されています。

Grubman, M.J., Moraes, M.P., Neilan, J., Ettyreddy, D., Butman, B.T., Brough, D.E., Brake, D.A. 2010. Adenovirus serotype 5 vectored foot-and-mouth disease subunit vaccines: the first decade. Future Virology. 5(1):51-64.

http://www.futuremedicine.com/doi/abs/10.2217/fvl.09.68?journalCode=fvl

これによれば、ワクチン開発のいくつかの段階で、豚と牛にワクチン接種後、1万感染単位のウイルスで攻撃接種を行っても発病しないことを確かめています。これは、本連載27回で紹介したOIEの国際基準の力価試験に相当するものです。最終的に選んだ候補ワクチンについては、OIEの力価試験よりも同居感染実験の方が有効性評価に適しているとみなして、牛を用いた同居感染実験で、発病が防御されることを確認しています。ただし、現段階ではきわめて高単位のワクチン接種を行わなければならないため、さらに免疫効力を高めるための改良が進められています。

この総説で、著者らはこの組み換えワクチンのアイディアが実証されたとみなしています。すなわち、proof of concept (概念の実証)の段階が終わったという訳です。

2012年6月に米国農務省はバイオテクノロジー企業Benchmark Biolabsの関連会社Antelope Valley Biosに条件付きでワクチン実用化のための開発を承認しました。実験室段階で行われた概念実証に引き続いて、今回はワクチンの実用化段階の研究が認められたのです。

http://benchmarkbiolabs.com/2012/06/fmd-vaccine-conditional-license-approved-for-lincoln-nebraskas-benchmark-biolabs/

このワクチンは生きた口蹄疫ウイルスを用いる必要がないため、米国のような口蹄疫清浄国で、テロリストにねらわれる心配もなく、安全に製造することができます。PIADCの所長Larry Barrett博士は、このワクチンは米国本土での製造が承認された最初の口蹄疫ワクチンで、「生かすためのワクチン」対策を支えるものと述べています。