45. ワシントン郊外の研究所で生きた天然痘ウイルスが見つかる

(社)予防衛生協会 元理事
東京大学名誉教授
山内一也

44回で、2012年にシベリアの永久凍土から発掘された300年前のミイラに天然痘ウイルスのDNAが見つかったことを紹介した。ウイルスDNAは断片化していて、生きたウイルスは見つからなかった。ところが、今度は首都ワシントン郊外で、60年前のバイアル瓶の粉末から生きた天然痘ウイルスがみつかった。

2014年7月1日、首都ワシントン郊外のメリーランド州ベセスダの国立衛生研究所(NIH)の敷地内にある食品医薬品庁(FDA)の実験室で引っ越しのために冷蔵庫を整理していた際、天然痘ウイルスのラベルが貼られたバイアル瓶が見つかった。ここはNIHが1972年まで使っていた建物で、その冷蔵庫の段ボールの中にあったのである。直ちに疾病制圧予防センター(CDC)に引き渡され、夜を徹した調査の結果、天然痘ウイルスDNAが確認された。細胞培養で調べたところ、6本のバイアル瓶のうち、2本のウイルスは生きていた。7月11日の時点で4本は検査が続行中である1,2

バイアル瓶は1954年2月10日の日付になっていた。天然痘根絶計画が始まる前のものである。当初、NIHは60年間もウイルスが生きていることはないだろうとしていたが、予想に反してウイルスは生きていたのである。瓶がこわれた様子はみられないことから、ウイルスが漏れたことはないと言われている。

もともと天然痘ウイルスは乾燥状態では抵抗性が強いことが知られている。1970年代、患者のかさぶたのウイルスが5年間常温で生きていたこともあった。しかし、冷蔵庫内で半世紀以上も生きていることは予想されていなかった。

現在、天然痘ウイルスはWHOが指定した保存施設として、CDCとロシアの国立ウイルス学・バイオテクノロジー研究所(通称:Vector)のレベル4実験室の液体窒素の中に保管されている。その廃棄をめぐってWHO総会では30年以上議論が続いており、今年5月末の総会でも結論が出ていない。この状況については、次回取り上げる予定だが、忘れられたウイルスが残っている問題が出てきたのである。

 

追記

生きた天然痘ウイルスが見つかったことがどのように受け止められているか米国の友人にメールで問い合わせたところ、この出来事は最近CDCで起きた炭疽菌事件とともに、大きなニュースになっているとの返事が届いた。炭疽菌事件とは、CDCの高度隔離実験室で強毒の炭疽菌を不活化したのち低レベルの隔離実験室で取り扱っていたところ、不活化が不十分で細菌は生きていたため、84名が暴露された可能性が明らかになったものである3

 

文献

1. NIH finds forgotten smallpox store. Nature News & Comments.  09 July, 2014.

http://www.nature.com/news/nih-finds-forgotten-smallpox-store-1.15526

 

2. Christensen, J. CNN: CDC: Smallpox found in HIH room is alive.   http://www.kionrightnow.com/news/health/cdc-smallpox-found-in-nih-room-is-alive/26903526

 

3. Editorials. Biosafety in the balance. Nature, 510, 443, 2014.